· 

【私の中に巣くう狂気がさまざまな夢を見させる。】皆川博子『鳥少年』(書き手:常山切子)


 

 ――私の中に巣くう狂気がさまざまな夢を見させる。

 

 上記の一文は皆川博子が小説現代新人賞を受賞した際のコメントだという。腰巻にも使われたこの印象深い一文は、短編集に収められた、恐怖と甘美な幻想の世界を余すことなく描き出し、集約している様に思われた。

 

 難解な作品が多い。

 軽々に一読しただけでは作品の全体像はつかめず、何が起こったのか、どうして今までの流れが最後の場面に繋がるのか、皆目見当がつかないものも多い。もちろん全てではないが『黒蝶』『密室遊戯』『坩堝』などは特に、そう思われてならなかった。少なくとも私には。文字を辿って行くうちに、いつのまにか物語は出発点からは想像もつかないラストへと、ゆっくりと進路を変え、気付かれぬように導いていく。そして、あまりに突然に提示された最後の風景を見せられて、胸を満たすのは驚きと困惑、恐怖、そして、小説の根源たる一文一文の美しさ、その刻まれ方の優艶さだ。

 

 一文一文の力強さ、研磨された文章の鋭さが、私を魅了して止まない。徹頭徹尾乱れない、優麗な文体、選ばれた言葉の一つ一つ、それが物語を牽引し、奈落の底の奥の奥。恐怖の腹底に読者を誘い、足を踏み入れたが最後、もう逃げられず、私達は恐怖の悦楽に浸るほかないのである。

 

『ゆびきり』と題された短編の一文目が、相当に頭をかち割った。背筋が凍りつく一文。恐ろしく、美しく、脳裏に未だにこびり付き、離れない。あの書き出しを最後に引用し、この稚拙な書評の幕とさせて頂ければ幸いである。

 

 ――鬼女ならば顕れもしよう夕紅葉、あやにく気弱な男の子であった