男は震える声で言った。

「神父さん、聞いて下さい。私は人を殺したんです」

 懺悔室の壁に向かって、男は訥々と語り始めた。

「一週間前のことです。仕事からの帰り道、目の前から歩いて来たのが彼女でした。私は不意に殺意を覚え、その妄想を現実に移しました。そして、発見したのです。どうやら私に殺人の才能があるらしいと。それも抜群の」

 神父は思わず咳払いをした。男の声は恐怖や後悔に震えているのではない。醜悪な歓喜に震えているのだ。

「では、あなたがあの事件の殺人犯だというのですか。あの……」

「そうです。彼女の魅力的なバストを記念に貰って帰ったものです」

 男はうっとりとそう呟き、物を受け渡す為の小さな窓から新聞紙を差し出した。神父は赤色で印を付けられた事件記事を見た。若い女性が残酷に解体された上で殺され、その一部が奪われていったおぞましい事件だ。

「犯人は相当な腕力があるとか、医学の知識に精通しているとか書いてある。おかしいでしょう、私はそこの角のアパートで暮らしているだけのしがないサラリーマンなのに」

 神父は顔面を蒼白にした。これがたちの悪い冗談であって欲しいと何度も願った。

「安月給なんで部屋も狭くてね。でも、最近は家具が増えたんですよ。ちゃんとホルマリン漬けにしてあるんです。彼女には失礼なことに、先っぽが黒ずんで来ましたが」

「なんと恐ろしいことを……神はあなたの行いを見ておられます。裁きが下る前に早く自首しなさい」

「へえ、そうですか。でも、神父さんにはこの懺悔室で聞いた内容を一切漏らしてはならない規則がありますよね」

 神父は冷や汗が伝うのを感じた。この男は、まかり間違っても懺悔のためにここに来たわけではないのだ。

「だって、ここは神しか見ておられない空間だ。この懺悔室で起きたことを告げ口すれば、神に背くことになる。神父さんはどうします? 神に背いて私を逮捕しますか? それとも良心に背いて私を見逃しますか?」

 男の声はいよいよ笑っていた。この男は、絶対に通報されないという確信をもって神父にだけ犯罪を告白しに来たのだ。まさに神を盾にした冒涜だった。

「神父さん、その新聞記事の丸印、何で書いたと思います?」

 神父は新聞に顔を近付けた。乾いてひび割れた赤黒いそれは、絵の具や塗料などではなかった。男は大笑いして懺悔室を出て行った。

 

 男は震える声で言った。

「神父さん、聞いて下さい。私は人を殺したんです」

 懺悔室の壁の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。神父の目には連日の悪夢でクマがくっきりと浮かんでいた。

「今度の女性からは足を貰って帰りましたよ。知ってました?」

 男の顔が醜悪に歪んでいるのが壁越しでもわかった。小さな窓に差し込まれた新聞紙には、前回よりも鮮明な赤で丸付けされていた。通り魔に襲われたであろう彼女は、足を付け根から切り取られて持ち去られていた。先日の女性殺害事件との繋がりを推測するその記事は、神父も既に読んだことがあった。この猟奇的な事件を見つけた時から、男が懺悔室に現れる日を脅えながら待っていた。

「美しい足の女性でした。持ち帰って、時折愛しています。僕には考えがあるんですよ。この調子で綺麗な部品を集めていけば、真に完璧な女性の体が完成すると思いませんか?」

「自首しなさい……こんな、神をも恐れぬ蛮行を……」

「ですが、これは神からもらった才能なんですよ。誰でも殺せて、誰にもバレないんです。神父さんさえ裏切らなければね」

 男は調子を上げて、自分が如何に女達を殺したか、どのように解体したかを語り始めた。どう襲えば獲物に気付かれず即死させられるのか、どう処理すれば証拠が残らないのか、身も凍るようなおぞましい話を男は嬉々として語った。神父は嘔吐感に耐え、ただただ震えることしか出来なかった。

「はぁ……神父さん。私には大切なものが足りないと思っていたんです。それは聞く相手ですよ。私が如何に才能溢れる殺人を犯したとしても、それを語る相手がいないんじゃつまらない」

 神父の目が恐怖に見開かれた。男の目的がようやくわかったのだ。神を盾にすることで、殺人の自慢話を神父にし続ける気でいるのだ。これからも犠牲者は増え続けるだろう。男は身分も住所も犯行も事細やかに説明したが、神父にはそれを訴えることが出来ないのだ。

 男の大笑いが懺悔室に響いた。

 

 懺悔室の神父は、小さな窓から渡された新聞を手に取った。赤いインクでチェックされた記事は、恐ろしい殺人鬼が死体で発見されたことを報せていた。この殺人鬼は警察の目を逃れて残虐な趣味に浸り、自室に被害者達の体の一部を保管するなどしていたが、自分自身も何者かの凶刃に倒れて殺されたのだ。殺人鬼が証拠を残さず女達を殺したように、殺人鬼を殺した何者かも一切の証拠を残さなかった。

 男は震える声で言った。

「神父さん、聞いて下さい。私は人を殺したんです」

 

<了>