· 

【クトゥルフ神話物のレビュー】コリン・ウィルソン/団精二訳『ロイガーの復活』(書き手:柴田勝家)


 (クトゥルフ神話物のレビューだよ!クトゥルフ神話が何か解らない時は前回の『暗黒神ダゴン』を読んでね!)

 

 昨今、2ちゃんのオカ板界隈で賑わっている話題がある。曰く「時空のおっさん」。

 

 なんともな名前だが、内容自体はどうにもキナ臭い。

 この話の体験者(同様の体験をした人間が複数人いる)は、いずれも平凡な日常から突如として、異世界とでも言うような、姿形は我々の世界と変わらないが、何かが違う世界、に陥る。するとそこでは決まって、スーツや作業服を来た男性、通称・時空のおっさんが現れる。彼らは体験者にある種の警告を行い、元の世界へ戻すのだという。


 この話の解釈は色々とできる。もちろんオカ板にありがちの、誰かが担ぎだした与太話でもいいだろう。だがもっとロマン溢れる解釈をするのなら、これは古くからある神隠しの伝承(平田篤胤が研究した、天狗に異世界に連れ去られた寅吉という少年の話)やアメリカの都市伝説メン・イン・ブラックなどとの符号も感じられる。

 また、この話の中で特筆すべきは、意図してか意図せずか、曰くつきの偽書『ヴォイニッチ手稿』が話に登場したことだ。『ヴォイニッチ手稿』とはアメリカの古書肆ヴォイニッチがイタリアの僧院で発見した奇妙な本である。そこに書いてあるものは、現代でも解読できない不可解な文字列と奇妙な図柄だという。

 一般的には偽書であると認定されているものの、それで引き下がるオカ板の連中じゃあねェ。

 なんと、その「時空のおっさん」の話に登場するアイテムが、この『ヴォイニッチ手稿』の内容と奇妙な一致を見せたのだ。そして関連スレで現れる、『ヴォイニッチ手稿』を解読する者達。彼らはこの『ヴォイニッチ手稿』の内容がムー大陸の伝承と関わりがあると説き始める。彼らの話は突飛だが、真に迫る何かがある。

 

 一体、時空のおっさんとは何者なのか、そして彼らの住まう異世界とは何か。

 

 そしてもう一つの奇妙な話がある。

 これはポール・ダンバー・ラングという男が残した手記に基づく内容である。

 彼は『ヴォイニッチ手稿』を独自に解読した結果、それがラテン語をアラビア文字で記した物であると気付く。やがてそれが、『ネクロノミコン』と呼ばれる隠秘学に関する書物の断片であることを発見したラングは、さらにその書名がアメリカの作家H・P・ラブクラフトの作品群に登場することを知る。

 ラングはラブクラフトが書いた、太古の神々に関する創作物を単なるホラー小説であると一笑に付すものの、その奇妙な一致に違和感を覚え、やがてラブクラフト自身が、ある秘密結社的な繋がりによってオカルトの知識を駆使して作品を執筆したことに思い至る。

 ラングはさらにその系譜を辿り、同じくホラー作家のアーサー・マッケンもそのオカルト知識を得ていると気付く。『ヴォイニッチ手稿(=ネクロノミコン)』とは架空の書物ではなく、ごく一部の人間にのみ理解できる隠秘学の書物だった。


 ラングはマッケンの故郷であるイギリスのウェールズ地方モンマスシャーに調査に赴く。彼はそこでアーカート大佐という、隠秘学の専門家に出会い、様々なことを聞くに至る。

 曰く、ネクロノミコンに語られる内容とは、古代ムー大陸に存在した超人間的存在と現生人類の真の歴史であり超人間的存在である彼ら(ガタノトアを首領とするロイガー族とアーカートは語る)は、今現在は勢力を弱めているが、やがて時が至れば現生人類を駆逐し、再び地上の支配者となるという。

 こんな突拍子もない話であるが、次々と起こる事件によってラングはそれを真実を確信し行動に移る。

 

 ただひたすらに、自らに起こった体験を記し、一人でも多くの人々に真実を伝えていく為に。


 以上の話こそ、今回のレビュー対象である「ロイガーの復活」のあらましである。

 この世界観ではラブクラフトの作品は単なる創作物として扱われている。しかしラブクラフトこそ、古代の真実を知り、創作という形で世に残した人物であると語られる。また登場人物のアーカートも同様に、真実を知りながらも、与太話を喚き散らす老人として扱われる。

 人々は彼らが得た真実からは目を背け、単なる娯楽かあるいは狂人のたわごととして処理する。

 

 我々にとっても同じことで、オカ板で時空のおっさんを頻りに話す名無しさん達がいくら真実を言っていたのだとしても、それは単なる娯楽として処理することだろう。

 そしてもし、昨今の「時空のおっさん」の話と、この「ロイガーの復活」になんらかの共通点を見出すとしよう。そうすると人々は次に、この作者であるコリン・ウィルソン自体がラブクラフトと同様に、なんらかの真実を手にし、それを小説という形で発表したのだ、と解釈するかもしれない。


 「時空のおっさん」を語る人々は、単なる娯楽として人々を担いでいるのか。

 それとも、何か巨大な真実に気付き、我々に必死に伝えようとしているのか。

 そして、この話を読んだ誰かもまた、何かに気付いてしまうのか。

 

 このレビューを書いてしまったワシも、やがて異世界へ飛ばされるのかもしれない……。