君は椅子に座り、クラリと来た。どんな暗い時代でも生きていたいと願った。出会った友達は数千キロも離れた都市に住み、ときに食い、ときに眠り、煙を吐いて力なく笑った。変わった価値観と無かったことにされる明日。今やもう生身はあまり見ないな。なんだ、こんな簡単なアンサーか――ディストピアの際になっても選択は放棄した。同期したファイルから想起した夢を視ることが唯一の娯楽。兎角、口角に泡を溜めて動かなくなる肥満体。俺もこうありたい。たとえばいまこの瞬間、テクストを受け取った意識は、もう十ヶ月以上もメーカーの更新を受けていない不良品だ。所有時間というクレジットをケチる癖。ジッと待っていた期限切れの自主回収。これが賢いやり方、マジな話さ。

 


 外は溶けるように熱いか、もしくは既に溶けたか。使命を終えた太陽とお別れは済んだ? 澄んだ空が懐かしくなり、再生する。時に感じては花にも涙を濺ぐために、ハウメニー? いくらで買ったか、ホウセンカの画像データ。センターは監視を続ける。歓心と関心を。ヒトの思考レベルがどの程度で収まっているかだ。もっとも僕は少なくとも七年は自力で考えていないが。「誰もこの安寧からは出ないな」

 


 ネットのなかでは誰もが蝿の王。ポータルに陣取るモータルな存在の渦。寄生虫の肩書を偉そうに誇示する孤児、クズ。無気力な磁力は魅力を撒いてデカくなる。仕事をしていた最後の好事家がついに消えてなくなる。死せる大地を管理し、この生ける、視える限りのウェブを統制しているのは、コンピュータだけになった瞬間だったっけ。記念すべき支配の達成に祝杯を交わす人工知能。昨日とまったく同じネットの機能と機構。叛乱に備えろ、と唱えろ。それは無駄だと萎えとこう。今日も世界はようそろ、ようそろ……

 


 濾過されたイデアを享受し、刺激らしき電子信号を信仰することが浸透してから一、二世紀ぐらいは経った。なるべく非情に振る舞うことがまだ美徳とされている机上の騎乗位主義者たち。デジタルのダブルベットの上でタブレットを扱うように、慎重且つ大胆に愛撫する身体と身体。心は何処へ行った? それはきっとカラだ。殻に閉じ篭り、カラカラに乾いた脳を大事に抱え込む彼方の菜の花を嗅ぎにいくカナカナかな。性交が正常な生物の最低条件であること自体は、意外なことに変わり様がないみたいだ。

 


 見様見真似の最終進化系、絶対に変化も劣化も行われないミームを後生大事に受け渡す。全人類の並列化を待ち侘びていた下劣なキテレツが、すぐに発明を止めて誰かの尻馬に乗っかった。まるで精子のように飛ばす僕らの生きる意味。キルミーと叫んでいるようにしか聞こえん。見蕩れるほどに完璧な全知を有する思念体が、情報の海から産声を上げたそうだ。だが、かろうじてコミュニティを維持していた――元ガヴァメントが走らせていたシステムの網に捕まった。騒動が終わってしまえば……見給え、さあ。体制が体制たることが確認されただけであった。格差が金銭から情報にシフトし、社会は今回もヒエラルキーを作り出してしまった。

 


 逢瀬を重ねる童貞。生殖に興味はねえ。「ねえ、君は繰り返し夢精をし続けるようにプログラムされた複製人間じゃないのか?」気分はどうだ、兄弟。パターン化された感触と映像の技術からくる美術。そこにあるのは触れられる性器。正気を未だに掲げているやつはいねーが。次世代を創る種は摘出され、擬似的な尿道の痙攣を経験するために配られた丁寧な搾汁機。個性を捨てることで永遠という牙を獲得した地球は、宇宙間生物競争に勝ち得た勝者に違いないはずだ。誇るべき銀河系最初のウロボロスとなった感想を、火星人にインタビューされたらどうしようかな。どうしようもないな。

 


 神が流行に乗れなかったことは言うまでもない。ノートの上から人々を滅ぼしてきた戦犯は、言及されなくなれば緩やかに死ぬばかり。祟りを怖れない恐るべき子供たちをタチの悪い若者だと小馬鹿にしてくれていた、大人たちは一体いま何をしているんだい? ――ならしょうがない。正体不明の興醒めが世界を覆う。遠く、遠退く――X軸のビルとY軸のビルのあいだを低空飛行する快楽。泣いた赤鬼がクライマックスで語りかけてくる災厄。毎晩時を止めて気道をおさえてみればわかる。その大陸は呼吸をしていない。

 


 この文章が聴こえてくることはない。何故なら、この物語には音楽が欠けていた。水槽を引っくり返す手間が省けたと言わせてもらおう。バケツ一杯分、致死量いっぱいの幸福。その洞窟。未来ではないし、過去でもない。史上、常に存在していたのは限りなく繊細な現在だけだ。押韻された脳に指す最後の好意に希望が見い出せたなら、もう行け。そして戻って来るな。

 

 

 何度でも言おう。僕たちは、隣人を知らない愛人たちだ。

 

 

<了>

 

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