額縁から逃げ出したという噂がたった。


 それが何か知らないのに、誰も知らないのに、みんなそのことばかり話していた。みんなそのことばかり考えていた。

 

 ぼくも悲しいことにその一人。ぐるぐる回る球体の表面にしがみついて、何の疑問も感じず、ぼくらはひたすらそれを探した。見当違いで愚鈍な連中は、山を切り崩してそれを探した。無知で実直な連中は、海に潜ってそれを求めた。頭のいい連中は、自分の部屋の中を探りつづけた……酷い奴になると、動こうともしない。

 

 ぼくは無知ではありたくないが、実直でありたかったので、海に車を走らせた。シボレーのカマロだ。アメ車はなんたって、デカくていい。エンジンが馬鹿みたいに大きく揺れやがる。はた迷惑な音を響かせながら、ぼくは「ただただ」海を目指した。途中に寄ったデパートで、カウボーイみたいな革製の帽子と、ラッパを買ってみた。店員は、何かを探すように目をキョロキョロさせながら「オキャクサマこれはトランペットと言いまして」などと宣ったが、ラッパはラッパだ。

 

 海の臭いが漂う街に着いた時、一人の少女が車に乗り込んできた。

 

「もうすぐ、海だってのに」

 

 ぼくがそう言ってみると、少女は笑った。少女はぼくと一緒で、カウボーイの衣装を纏っていた。

 

「知ってる? この間、宇宙にまで探しに出た人がいるんだって」

 

 キャハハと軽い声で笑う。天気は晴れ。積み荷はラッパ。

 

「そいつは馬鹿な野郎だ」

 

 少女はチッチッと舌を鳴らす。青空と海風が地上で混ざる。

 

「大変な試験を、何度も切り抜けた人だけが、探しに行けたんだってさ」

 

「へえ、そうかい。じゃあもう見つかるわけだ?」

 

「ううん、それが昨日、手ぶらで帰ってきたの」

 

 やっぱり大馬鹿野郎じゃねえか、宇宙まで行っておきながら。再び強くアクセルを踏んで、ぼくはニタリと笑った。少女がハットをくるりと回しながら、空を見上げた。

 

「でも、宇宙から見る地球は、綺麗だってさ」

 

 羨ましそうに言う少女の頭を撫でてから、ぼくはハンドルを切った。道路は広くて、ただ広くて。みんなどこかに探しに出かけちまったから、閑散とした街は動かない。

 

「オイ、しっかりとつかまっていろよ? スピードを上げるからな!」

 

 勢いを増した車から顔を出して「きゃっほー」と少女が叫ぶ。ラッパもトランクの中でガタガタ音楽を奏でる。それが楽しくて、ぼくは笑って、涙した。

 

 道中、コンクリを突き破って生えたサボテンの横を通り過ぎたけれど、気にも、とめない。この際ブレーキも外しちまおうかと思案した瞬間に、青が見えた。ずっと待ち望んでいた、ライトブルーが。

 

 あれは、海だったか、空だったか?

 

 とにかく少女は「きれい!」と叫んだ。

 

 

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