今夜だけは明日を夢見て布団にもぐってみることにした。病床の母にも庭の雄鶏にも、はたまた家の前の道を行く知らない男にも、僕は誇らしげに決意を語った。だけど僕の言葉はどれも大きく空ぶって、彼らにゴミ箱に投げ捨てられた。そのあとしっかり手を拭いて。みんな僕の決意を聞こうともしない。理解できないのはまだしも、聞く耳すら持たないのだ。それでも僕はめげない。

 

 また僕は決意を胸に、今度は大きな街へ繰り出す。溢れかえるモノも忙しなく動き回るヒトも、僕にとってはゴミ同然だったのだけれど、僕の言葉に少しでも耳を傾けてくれる人がいてくれたら、と期待すると、ここがゴミ箱の中だろうがどうでもよかった。灰色の空を仰いで僕は叫ぶ。一言ひと言ていねいに。みんなに聞き取り易いように。聞いてくれ! 僕、今日はがんばって明日を夢見て眠ることにするんだ! 明日がどんなに辛くても、僕は頑張ってみせるって、みんなに伝えてあげるよ! 胸の前で広げた両手がびりびり痺れる。僕は今感動している。街のすべてが僕の希望に耳を傾け、そして涙を流している。僕には分かる。思い込みなんかじゃない。事実だけが目の前にあった。空を飛ぶ鳥は撃たれたかのように身を地に落とし、同じ格好をした女子高生たちはケータイも化粧品も放り投げて金切り声で歌をうたう。買い物帰りの主婦たちも、仕事中のサラリーマンも、みんなみんな自由になる。空はピンク色に輝き、ふわふわの綿毛が辺り一面を覆いつくし、街はあっという間に天国になった。僕は受け入れられた。そして夢見る僕はとある街を天国に変えることができた。歓喜にむせぶ大衆たちが僕から大慌てで離れていく。きっと僕が畏ろしくなったに違いない。僕はそんな大衆に、僕のほんとうの気持ちを教えてあげようと、一人ひとりにターゲットを絞り、次つぎに僕の考えを教えてあげた。僕の言葉は魔法だ。老若男女誰もが僕の言葉を耳にした途端、それまで慌てふためいていたのが嘘のように静かになり、僕の言う通りになってしまうのだ。

 

 だけど僕はみんなを思い通りにすることが目的ではない。あくまで、僕の明日への夢をただ聞いてほしかっただけなんだ。……ただ、僕の話を聞いてほしかっただけなんだ。聞かないやつは自業自得だ。だから僕は街を天国にした。びしょ濡れの手をその辺の布きれで拭い、僕は帰路につく。今夜だけは夢を見られるんだ。もう僕は苦しむことはない。あれからじっと動かない母親を起こさないように忍び足で、僕は自分の布団にもぐり込む。そして明日がやって来ないことをひたすら祈った。

 

 

〈読了後の感想をお寄せください〉