何を怒鳴るかと思えば、私がピルの飲み過ぎだと。いい加減にして欲しい。買ってくるのは誰だ。私だって錠剤とペットボトルの水だけで生きているわけではない。それでも彼は怒鳴り散らす。手を血だらけにして、かち割った私の部屋の窓ガラスを引き裂いていく。左右に。容赦なく。 

 

 

 ハンバーガー屋と税務署、あとは出来ればクリーニング。それさえあれば、街は動く。水道も工具店も要らない。あとは巨大な郵便局が僕らの生活を保証してくれる……と、ここでコマーシャルが入るからね。気を付けてくれよ? 

 

 

 キャラメルマキアートの話。キャラメルが沈殿したコーヒーのようなものを、客が一人残らず啜っている。喫茶店中に充満するしかめ面。 「これは……そのあれだね」  男が恐る恐る口にする言葉に、皆が耳をすませる。彼の口にもいやらしいほど甘いキャラメルがまだ残っている。 

 

 

 資本主義者たちの行進のあとには、ペンペン草一本生えないけれど、暖かいお風呂と少しの夜食、あとは貴方への情熱だけで生きていけるから、今夜は何の心配もいらないわ。さあ、開票しましょう。きっと、良い国になるわよ―― 

 

 

「いえね、今日で辞めようかと思ってるんですよ」  心臓描きの言葉を信じて、私はこの寒い中、肩に雪を積もらせつつ路上に立ち続けた。心臓描きが筆を滑らせる度、私の指先の感覚が鈍くなる。心臓描きの最後の客に選ばれたことは、確かに名誉なことだ。そのはずだ。

 

 

 覚醒に至ったぼくが行うべきこと。屈伸、嘔吐、窓辺の虫を指の腹で潰し、眼の奥に溜まったごろごろとしたものをほじくり出す。やがてアイロニー氏がやってきて、猿の置物を嫌がらせのように部屋の真ん中に置いて帰った。実際、嫌がらせであった。猿はいつまでも僕を見ている。 

 

 

「そういう言い方ってないじゃないか。確かに僕はアイドルだったこともある。でもそれは昔の話だろう? 敢えて衆人環視に晒されることで、見えてくるものもあるんだ。君はそこがわかってない。第一、アイドルなんて、本当に存在すると思っているのかい?」 

 

 

 場末のカフェにて。悪魔がタバコを吸い、商人に貸しを作ろうとする。ブツクサ云いながら紙に何かを書き付ける商人。げっぷの止まらない悪魔。時計を見て、道草を食っている場合でなかった! と、コカの葉をずずずいっと飲み込み、呆気に取られた悪魔を置いて商人はカフェを出た。 

 

 

 クリスマスが今年もやってくる。そして、それまでには帰れる。

 

 

 スクリーンにはひとりの老人。彼はロッキングチェアに深々と腰掛け、何かを呟いた。手元の長編小説にはうっすらと埃が積もっており、あたりは蝋燭の明かりだけでは心許ないほど暗い。映写機はそれを、ただじいっと視つめている。じいっと。 

 

 

 管制塔は静まり返っている。自由の女神を目指して飛んできたのに。誰か、もし気付いたならテレパスをおくれ。マーブルの宇宙船で待ってるから。次の一世紀も待ってるから。 

 

 

 降りすぎた雨、止め止め。遠くで落雷あり。紫煙が立ち込める外れの雑木林。その最奥、空かずの間には釜いっぱいに湛えられた顔、顔―― 

 

 

 三次会でさえ火星人である夫と金星蜘蛛である妻の馴れ初めを聞きたがるものはいなかったわけだが、元を正せば金色の宇宙蛾がその羽根を嫋やかに揺らしたことだった気がしないでもない。それはさながら、些末な勘違いが量子的に重なって引き起こされた、有り触れた奇跡だった。

 

 

 ヘンゼルはスナック菓子を片手に、ドクターマーチンのブーツを履いて、川岸を歩いていた。えんえんと続くビッグフットの足跡を追いながら、指に付いた塩を舐め、小袋を開けては捨て、開けては捨て……突然立ち消えた足跡に気付き、視線を上げる。対岸の森が激しく燃えていた。